
愛用の陶磁器を思いがけず割ってしまうと心底がっかりしますよね。
でも日本の工芸技術「金継ぎ」をマスターしておけば、そのがっかりが「しめしめ」に変わるかもしれません。
器が修繕されるだけでなく、前より素敵になる可能性があるからです。
限りある資源を有効利用するサステイナブルの視点からも、リサイクル(再循環、再利用)からさらにステップアップしたアップサイクルとなり、心の充足感すら得られます。
でも、漆と聞くと難しそう?
たしかに天然の漆を使う金継ぎ作業は、手間と時間がかかります(金属粉の種類によってはお金も)。
ですが、扱い方のポイントさえ押さえておけば難しくはありません。
なにせゼロから創造するのと違い、すでに素材はあるのですから。
最初から完璧を目指さず、少しずつ上達すればいいという緩やかな気持ちで。
では、順を追って解説しましょう。
漆とは?

まず、漆の木の樹液をろ過し不純物を除去した「生漆(きうるし)」が全ての元となります。
この生漆を他の素材と合わせた精製漆が「透漆(すきうるし)」で、鉄分や顔料などを加えて色がついたものは「色漆」です。
いずれも少しとろみのある液体です。
日本人にとってはお味噌汁用のお碗など日常に馴染み深い漆器ですが、実は、ピアノの塗装が艶のある黒塗りなのも日本の漆工芸に端を発しているとか(今は漆は使われていませんが)。
漆が「固まる」しくみは、水分の蒸発による「乾燥」とは真逆で、空気中の水分を取り込み、漆の酵素が化学的な反応を起こすことです。
なので、適度な温度(25度〜30度)と湿度(70%程度)が必要で、作業に最も適しているのは梅雨時期から夏季。
漆を固めるために漆職人は「むろ」と呼ばれる専用の木造収納庫を使いますが、家庭では段ボールやプラスチックの衣装ケースなどで代用可能です。
(道具紹介のところで別途説明します)
個人差もありますが、漆は液体が手に触れるとかぶれることも多いので、作業するときには、上の写真のようにゴム手袋やアームカバーを使います。
もし漆が手についてしまったときは、上記の理由から石鹸や水では落ちませんので、すぐに食用油(サラダオイルや胡麻油など)でしっかり拭き取ってから手洗いしましょう。
漆がついたヘラや筆なども食用油で洗ったあと、テレピン油や灯油で油分を落とします。
食用油が付着した道具で作業すると漆は固まりにくくなります。
どうしてもかぶれを避けたい場合は、合成漆を使うのも一つの選択肢。
花瓶やオブジェなどであれば乾きも早く便利です。
ただ食器に使うことには抵抗があるので、ここでは本漆を前提にお話しします。
使う道具と材料

金継ぎに使う道具や材料を以下に挙げてみました。
え、25種類も!と思われるかもしれませんが、日用品もたくさんあります。
高価なものを揃える必要はありませんし、100円ショップなどで代用品を探せます。
ちょっとずつ自分好みの道具を揃えるのも楽しく、以前、私が金継ぎを教えていただいた先生は竹細工のカゴに道具一式を収納していて素敵でした。
私は無印良品のキャンバストートに収納し、いつでも取り出せるように部屋の片隅に配置しています。
道具編
1)ガラス板ヘラを使って漆を混ぜるのに使います。
100円ショップにあるようなフォトフレームのガラスにシリコンクッションを付けると滑り止めになり具合がいいです。
やり方は後で説明しますが、麦漆、錆漆、刻苧漆など、漆を他の素材と練り混ぜるときに使うので、数センチ程度の幅があり、丈夫でしなる素材が適しています。
3)細いヘラ割れた破片を麦漆で接着したり、欠けを錆漆で補充する時に使います。
少し幅のある竹製の串の先をカッターで薄く削ると使い勝手が良いです(削らなくても問題なし)。
はみ出たまま固まった漆を削る時に使います。
刃先がカーブしていると使いやすいです(カッターの替刃が別売りされています)。
陶磁器の細かな破片を扱う時に使います。
100円ショップにもあります。
漆を筆で塗るのにパレットのように使います。
色がわかりやすい白磁、ガラス皿が良いです。
漆を塗るときには、プラモデルやネイルアート用など、筆先が極細のものが適しています。
金属粉を蒔く時には、アイシャドウブラシが代用できます(本来は真綿でやります)。
道具を掃除するときなどに使います。
不要になったTシャツなどをカットしています。
なければティッシュでも。
練り混ぜた漆はラップに密閉すれば数日ほど保存できます。
10)食用油漆がついた道具や手などの洗浄に使います。
香りや色にくせのない菜種油、ごま油(低温焙煎で焼き菓子やサラダに使えるもの)、サラダ油などが適しています。
松脂の水蒸気蒸留によってできる精油で、油絵などの制作時に使われます。
金継ぎでは漆を薄めたり、漆が付いた道具を食用油で洗浄したあと油分を落とすのに使います。
一般的な画材店で入手可能です。
揮発性で鼻につく匂いがしますので使用時は換気に留意しましょう。
スポイト状のものが便利です。
13)金属やすり準備段階で割れた器の断面の角を落とすのに使います。
軽くなぞる程度です。
ヒビ割れに漆を定着しやすくするのに、あえて少し表面を削る作業をします。
15)耐水ペーパー固まった漆を削り表面をなめらかにするのに使います。
600番〜1000番あたりが良いです。
磁器のガラス面についた不要な漆をきれいにするのに使います。
「○落ちくん」が大活躍です。
接着した器の破片を固定したり、漆をつけたくない素材(素焼や焼締仕上げの器など)の保護に使います。
18)ゴム手袋、エプロン、アームカバー手が漆でかぶれるのをふせぐのはもちろんですが、衣類につくのは極力避けたいですよね。
19)ダンボール作業工程の各段階で塗った漆を固めるため収納庫にします。
器がゆったり入るサイズを用意し、湿気を保つために、内側に軽く霧吹きをして湿らせます。
ぬれた布巾を中に入れておくと良いです。
衣装ケースでも可能です。

材料編
20)透漆(すきうるし)破片の断面に塗ったり、麦漆や錆漆を作る際に使います。
21)色漆(いろうるし)中塗り、金属を蒔く前の仕上げに使います。
ここでは白漆と弁柄(赤)を用意しました。
金属粉を蒔いた後、経年変化によって金属が落ちたときに弁柄の赤が見えるのが素敵です。
金属粉を蒔かずに漆だけで仕上げるときは、器の柄や色に合わせて弁柄や黒漆を使います。
割れた器を接着する麦漆を作る時に使います。
水と合わせてよく練り(3分)粘り気のあるグルテンにしてから透き漆を加えます。
強力粉の方が良いですが薄力粉でも問題ありません。
上新粉を使う場合もあり、その場合は糊漆と呼ばれます。
器の欠けを埋める錆漆を作る時に使います。
水と合わせてよく練り、透漆を加えます。
深く大きな欠けを補充するのに使います。
小麦粉で作った麦漆に加えてさらに練ります。
蒔絵に使う金属粉は粒子の形状の種類が多く複雑ですが、金属粉に使われるのは、「消し粉」「平極粉」「丸粉」と言われるものです。
右に行くほど輝きが増しますがその分、工程が複雑に。
気軽にやるなら「消し粉」が良いです。
金属の種類も様々ありますが、食器に使う場合は、金、銀、プラチナ、錫が適しています。
ただし、金やプラチナはなかなかのお値段になるので手が出しにくいですし、染付皿を弁柄(赤い漆)で仕上げるなど、漆だけの仕上げもとてもおしゃれです。